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三井寺相模坊と天狗杉〜天狗参上

天狗伝説concept


天狗伝説

 天狗は,天狗倒し(山中で大木を切り倒す音がするが行ってみると何事もない),天狗笑い(山中でおおぜいの人の声や高笑いする声が聞こえる),天狗つぶて(大小の石がどこからともなくバラバラと飛んでくる),天狗ゆすり(夜,山小屋などがゆさゆさと揺れる),天狗火,天狗の太鼓などさまざまな怪異を働くが,こうした怪音,怪火の現象は山の神などの神意のあらわれと信じられ,山小屋の向きを変えたり,山の神をまつって仕事を休んだりした。

 天狗には,一定の通り道や聖域があり,そこはこの世と異界の境でもあって,侵犯した者には怪異をもって知らせたのである。
 昔話のなかの天狗は子どもに計られて宝物を奪われてしまうなど,笑話化されて語られるものが多いようです。


三井寺相模坊と天狗杉

三井寺相模坊と天狗杉

 天台寺門宗(てんだいじもんしゅう)の総本山である三井寺(みいでら)は 正式名称を長等山園城寺(ながらさんおんじょうじ)といいます。 滋賀県大津市、琵琶湖南西の長等山中腹に広大な敷地を有しています。

 三井寺と呼ばれるようになったのは、天智・天武・持統天皇の三帝の誕生の際に 御産湯に用いられたという霊泉があり「御井の寺」と呼ばれていたものを後に 智証大師円珍が当時の厳義・三部潅頂の法儀に用いたことに由来します。現在、金堂西側にある「閼伽井屋」から湧き出ている清水が御井そのものとされています。

 長い歴史を持つ三井寺には不思議な伝説が多く残されています。

  金堂の向かいには天狗杉と呼ばれる樹齢千年と伝えられる 樹高約20メートルの老杉があります。
室町時代の初め、相模坊道了という僧が勧学院書院で密教の修行をしていたとき、 ある夜、突如として天狗となり書院の窓から飛び出し、この杉の上に止まり、 やがて朝になるや東の空に向かって飛び去りました。

 道了ははるか小田原(神奈川県)まで飛び、降りたところが大雄山最乗寺であったといいます。

 大雄山最乗寺は、曹洞宗に属し全国に4千余りの門流をもつ寺で、御本尊は釈迦牟尼仏、脇侍仏として文殊、普賢の両菩薩を奉安し、日夜国土安穏万民富楽を祈ると共に、真人打出の修行専門道場です。
 開創以来6百年の歴史をもつ関東の霊場として知られ、境内山林130町歩、老杉茂り霊気は満山に漲り、堂塔は30余棟に及びます。
 道了尊は了庵慧明禅師の元で土木業に従事、500人分の力量を発揮したといいます。この伝説は取りも直さず多くの修験者が寺の建立のために奔走しということたと考えられます。村人から慕われ、最乗寺の道了尊堂に祀られています。やがて了庵慧明禅師が75歳で亡くなると道了尊は「以後山中にあって大雄山を護り、多くの人々を利済する」と五大誓願文を唱えて姿を変え「火焔を背負い右手に柱杖、左手に羂索(綱)を持ち、白狐の背に立って、天地鳴動して山中に身を隠した」と伝えられています。

 また、道了の修行していた勧学院には「天狗の間」があり、 いまも最乗寺では道了尊を偲び三井寺に参詣されています。




 大雄山最乗寺のホームページには、以下のような記載がありました。

 「大雄山最乗寺の守護道了大薩?は、修験道の満位の行者相模房道了尊者として世に知られる。
 尊者はさきに聖護院門跡覚増法親王につかえ幾多の霊験を現され、大和の金峰山、奈良大峰山、熊野三山に修行。三井寺園城寺勧学の座にあった時、大雄山開創に当り空を飛んで、了庵禅師のもとに参じ、土木の業に従事、約1年にしてこの大事業を完遂した。その力量は1人にして5百人に及び霊験は極めて多い。

 應永18年3月27日、了庵禅師75才にしてご遷化。道了大薩?は「以後山中にあって大雄山を護り多くの人々を利済する」と五大誓願文を唱えて姿を変え、火焔を背負い右手に?杖左手に綱を持ち白狐の背に立って、天地鳴動して山中に身をかくされた。
 以後諸願成就の道了大薩?と称され絶大な尊崇をあつめ、十一面観世音菩薩の御化身であるとの御信仰をいよいよ深くしている。」




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