鬼 その異形なるもの

甲州街道訪ね歩き

鬼の正体


 鬼を異民族や異国人と結びつける説に関する詳細な解説は難しいですが、いくつかの事例や背景を通じて理解を深めることができます。
ただし、具体的な伝説や地域によっては異なる解釈や背景が存在するため、一概には言えません。以下に、関連する要素や背景について述べます。

(1) 南蛮人との関連

 鬼の正体は南蛮人とする説とは、鬼という存在は、日本とは異なる文化や習慣を持つ外国人や異民族であるという説です。この説は、日本書紀や戦国時代の史料などに基づいています。
 『日本書紀』(720年成立)には、544年、佐渡島に日本列島の北方にすむ種族「粛慎人(みしはせびと)」(アイヌやツングース族を指すなどの説がある)が渡ってきたときのことを記しています。島人たちは鬼だと恐れて近づかなかったが、そのうちに島の人間がさらわれてしまったといいます。
 また、戦国時代には、南蛮貿易によってポルトガルやスペインなどのヨーロッパの商人が来日しました。彼らは日本人にとって異国の人々であり、彼らの風習や姿勢は異文化として捉えられました。南蛮人との交流が、一部の伝説や説話において異民族としての「鬼」の要素に影響を与えた可能性があります。

(2) 異国人との戦闘と畏敬

 日本の古代には、異民族との戦争や交流があり、その際に敵対したり畏敬したりした異民族の姿が鬼として想像されたという説もあります。
 例えば、鬼の青い肌は蝦夷(えみし)の刺青、鬼の髪は高麗(こま)の毛髪、鬼の鉄棒は倭寇(わこう)の武器などと関連付けられました。戦国時代において、異なる武将家が対立し、異国からの侵略の脅威もありました。
 このような状況下では、異国人との戦闘や畏敬の念が、彼らを鬼として描く材料となる可能性があります。
 鬼の姿といえば、角を生やし、体の色は赤や青で、トラ皮の衣装をつけた姿で表現されることが多いですが、これは丑寅の方角に住むとされた鬼の特徴を反映したものと考えられます。
 丑寅の方角は北東であり、古代には倭国の北方にあった百済や高句麗などの国々との戦争が起こっていました。これらの国々の人々は、角や牙のついた兜や甲冑を身につけ、トラ皮の旗を掲げていたという記録があります。
 日本人は、これらの異民族を鬼と呼んで恐れたのではないかという説があります。また、日本と外国との関係や対立の中で、鬼と呼ばれた人々もいます。例えば、源義経が逃げ込んだという伝説の鬼ヶ島の住人や、元寇の際に日本に侵攻したモンゴル兵などがこれにあたります。

(3) 文学や芸術の影響

 戦国時代から江戸時代にかけて、日本の文学や芸術は戦乱や社会の不安定さを反映していました。この時期の文学作品や絵画には、異国人や異民族を題材としたものが多く見られます。
 戦国時代は、日本が分裂して多くの大名が争っていた時代で、中国や朝鮮半島からの影響が強かった時代でもありました。この時代には、キリスト教の宣教師や商人などのヨーロッパ人が日本にやってきて、日本人と交流したり、キリシタン大名と呼ばれるキリスト教に改宗した大名も現れました。
 また、江戸時代は、徳川幕府が日本を統治し、約250年間の平和な時代でしたが、社会の不安定さや不満も多くありました。この時代には、鎖国政策によって日本は外国との交流を制限し、オランダと中国のみと貿易を行っていました。
 しかし、オランダや中国からもたらされた西洋の知識や文化に興味を持つ人々もいました。例えば、『水滸伝』や『西遊記』などの中国の小説は、日本で翻訳されて広く読まれ、多くの文学作品や絵画に影響を与えました。
 これらをもたらした異国人は、日本人にとって新奇で興味深い存在であり、文学や芸術にも影響を与えました。
こういった作品が、鬼と異国人との結びつきを強調する要因となった可能性があります。

(4) 仏教的な視点

 仏教においては、鬼は煩悩や邪念を象徴する存在とされています。異国人や異民族が異なる宗教や信仰を持っていることから、仏教的な視点から見て彼らを「鬼」と結びつける発想が生まれた可能性も考えられます。
 また、日本に仏教が伝来した際に、仏教経典に描かれた鬼の図像が、中国やインドの異国人や異民族の特徴を反映していたためとする説もあります。例えば、鬼の赤い肌はインド人の肌の色、鬼の角は中国人の髷(もとどり)、鬼の牙はインド人の口髭などと解釈されました。

 これらの要因が絡み合い、異国人や異民族が鬼として描かれる伝説や説話が形成されたと考えられます。しかし、鬼は必ずしも悪い存在ではありません。鬼は人間の怨念や執念、恐怖や憧れの象徴として物語に織り込まれており、鬼にも人間的な感情や苦悩があると考えられる場合もあります。
 また、鬼は仏教においても重要な役割を果たします。鬼は罪人を責め立てることで、自業自得の教えを伝えたり、鬼自身も仏になる方法を探したりします。