八王子千人同心

八王子千人同心 時代を駆け抜けた誠の武士達

八王子千人同心の生き様 千人同心の歴史


日光東照宮を戦火から守った千人同心

日光勤番と千人同心 東照宮が存亡の危機に見舞われたことがあります。

 慶応4年(1868)流山で単身降服した近藤勇と袂を分かった土方歳三率いる新選組残党は、幕府のなかで恭順が飲めない旗本たち、江戸城明け渡し等に不満を持つ幕臣とともに北へ向かいます。

 下総国市川に集結、2000の大部隊を結成して北関東を転戦しながら北走し、やがて日光へ入り込んだのでした。

 江戸を脱した徳川軍の隊長は幕府歩兵奉行・大鳥圭介です。土方歳三は実戦経験を買われてその副長となるのでした。
 一度は宇都宮城を落とした幕府勢も、新政府軍の兵力に押されて宇都宮を放棄、浮き足だった兵たちは今市で軍勢を立て直すはずでしたが、東照宮に参詣し、東照大権現(徳川家の始祖家康)に加護を祈ろうとしたのだともいわれています。

 当然、板垣退助も新政府軍も精鋭を率いてこれを追撃し、日光東照宮の宮司らに対し「脱走軍を日光から撤退させなければ総攻日光勤番と千人同心撃を仕掛ける」と脅したのです。

 このとき、宇都宮城での攻防戦で足を負傷して日光に隣接する今市宿に滞在していた土方歳三は、中島登を日光へ使いに遣って千人同心で幼なじみの土方勇太郎を日光から呼び寄せて久々の対面を果たしています。
 その際、土方は、「味方を鼓舞するために怖気づいて逃げ出そうとした兵士一人を斬ったが、不憫なので弔って欲しい」と頼んだという逸話も残っています。

 このときの千人頭は石坂弥次右衛門でした。
 日光勤番の千人頭・萩原頼母が3月15日に急死したため、代番に千人頭・石坂弥次右衛門が決定し3月28日に日光に着任したばかりだったのです。

 新政府軍を間近に迎え、「武士の本懐を貫き、一戦まみえる」と主張する井上松五郎に対し、石坂弥次右衛門は、「死ぬことは簡単なり、生きることこそ苦行。敢えて苦行を進む者がなくば、大義のもののふを語り継ぐ者はいなくなる。そして蛮勇のために東照宮を兵火で失うことがあらば、それこそ徳川将軍に対する不忠に候ものなり」と根気よく説き伏せるのでした。

 ようやく井上の説き伏せたその時、土方勇太郎が「徳川勢は会津へ転進する」ことを知らせてきたのでした。
 
 大鳥軍が日光を脱出したのが四月二十九日。
 その翌日閏四月一日の午前十時頃には、土佐藩隊は神橋の辺りに集結しました。
 その土佐藩隊を出迎えたのは、日光奉行所吟味役大塚誠太夫、塚田東作らでその中には八王子千人隊の頭・石坂弥次右衛門もい日光勤番と千人同心ました。

 何というめぐりあわせか、約2ヶ月前に八王子で出迎えた板垣退助と再び石坂弥次右衛門が顔をまみえることになるのです。

 東照宮は徳川家臣にとっては、まさに心の支えですので、板垣退助はこれを接収することで精神的支柱を奪うつもりだったのでした。
 このことは千人同心たちにとっても耐え難い苦痛でした。しかし石坂弥次右衛門は同心たちを説き伏せて、新政府軍に東照宮を明け渡すことを決断したのでした。

 こうして千人同心は一致団結し、東照宮明け渡しの儀を簡素に執り行ったのでした。
 土佐藩隊の軍監谷守部は、後年、この時の様子を「日光同心、恭しく出て迎う。且つ先に八王子にて面会せる千人頭等来迎、賊徒(大鳥軍)押し切り、やむを得ず只今に至る。申訳蝶々聴くに堪えず」(『東征私記』)と勝者の感想を述べています。
 「先に八王子にて面会せる千人頭」とは八王子千人隊の頭である石坂弥次右衛門のことです。

 このようにして日光を火にかけることなく引き渡し、16年続いた日光火の番は終わりになります。

 弥次右衛門は閏4月10日八王子に帰着しますが、彼らを待っていたのは、中傷誹謗と非難の声でした。
 徳川家の聖域をむざむざ明け渡した態度に、千人頭たちも責めたてるしかなかったのです。その心情も痛いほど理解している石坂弥次右衛門はその非難にも一切の反論をしなかったといわれています。

 すると石坂弥次右衛門は、家族を集めると、日光で何が起こったのか、ことのすべて語るのでした。
日光勤番と千人同心 「千人頭としてはけじめをつけねば収まりがつかぬ。本日役宅にて頭たちが儂を責めたのも道理。然るに誰かが責めを負わねば、このことが大きな綻びになりかねない」

 そう言って幾つかの家訓を言い含めると、白装束に着替えて、腹を斬って果てたのでした。
 結局彼は、何の抗弁もすることなくその責を負う形で切腹して60歳の生涯を閉じてしまうのです。

 この切腹には更なる悲劇が連なります。この時、剣術に熟達した長男は留守で、80歳になる実父である石坂徳誼が介錯したのですが、老齢のためにすんなりと首が落とせず、弥次右衛門は、 明け方までうめき苦しんで息を引きとったと伝えられます。